月別アーカイブ: 2016年8月

芯を揺らす

少し前だけど、
がっかりすることがあった日があって
ぐだぐだしていたけれど

小野寺夫妻のドラマを見て
心が洗われて、気持ちを切り替えられた。

諜報の神様と言われた人(小野寺信さん)の話で
独善的になることのない、謙虚で誠実で
愛情ある人だったからこそ、

客観的で正しい情報を得られる
ネットワークを持っていて
絶対的に信頼できる心の友がいて。

だけど誠実すぎるがゆえに

アピールが足りなくて
戦争を止められなかったことを
悔やんで自信をなくしてしまう、
というストーリー。

誠実さと政治力って
反比例する人が結構いるよね。
なんでなんだろう。悔しい。

それを奥さんが強く温かく
励ましている様子に感動したし

パートナーっていいなって
珍しく素直に思えた。

人の高潔さを支えるって素敵。

なーんて、こんな風に
素敵なストーリーって
自分の想念を洗う効果があるんだねぇ。

自己啓発本にはできない効果。

最近、いい小説とか読めてなかったし
必要以上に現実的になってた気がする。

ちゃんとしたロマンは
持ってないとだよなあ。

心の芯を揺らすことができる本を
見つけていきたいな。

目標

一目見て、なぜだかすごく気になり

近づいて、よーく見たら
手が込んでいることがわかり、
ずっと見ていたい服、
みたいな人になりたい。

全然完璧じゃないけど、
接してみるとなぜか不思議な色気ある、
みたいなの。

外見でコントロールできない、
内面の深ーいところで
自分に向き合い、正直に誠実に
育っていけたらなあと思う。

資本主義VS教育

ビジネス寄りの学校法人は
信用ならない。

儲けようとすることと、
人の成長に真剣に向き合うことは
本質的に違っている。

前者には迎合があり
後者にはそれがない。

真に教育を思えば、
表面的な華やかさを選択するはずがない。

地に足のついた誠実さを追求するためには
ファッショナブルな制服や
華やかな校舎ではなく、
人間性に優れた、安定感のある教師と信念が必要。

今思えば、私は
ビジネス寄りとは程遠い学校ばかりに
通わせてもらった。

通い始めると
そこの文化が当たり前になるから
わからなかったけれど

多感な時期に
ビジネス寄りの学校だったら
もっと社会をナメていたかも。

信じられる先生達。
信じられる学校。
信じられる友達。

ありがたかったなぁ。

手堅さ

ワガママに生きてこそ
人生楽しいんじゃん?

誰かのスケールに
合わせるから楽しくなくなっちゃうし
不安だし、心配なんじゃないかなあ。

自分で責任取れるって
楽しいし、嬉しいよ。

私達は最後のロスジェネ。
社会がどれだけ変わっていくものか
よく知ってるはず。

自分以外の何かに
判断を委ねるのはラクだし
ついそうしたくなる気持ちも
私だって時々はある。

でも長期的に考えたら
リスクだらけ。

手堅くいきたい。

会えるギフト

こないだ
行こうとしていたセミナーに
寝坊して行けなかった。

寝坊自体に凹んだのもあるけれど
思ってた以上にがっかりした自分に
びっくりした。

昔、よくいろんなセミナーに
行っていた頃、
気分は上がるけど、

こういうのって実は気休めで
本当はあんまり意味ないかもなあ
なんて思ってた。

けど、
それが違うって
はっきり肌で感じた。

語るエネルギーがある人で
なおかつ、私が関心を持つ内容だと
私にもエネルギーが宿って
アイデアが降ってきて、気付きが増える。

時々行くセミナーは
気休めなんかじゃない。

会ってみたい人を生で拝見して
インスピレーションを受けられるものだから

会いたい友達と同じだ。

書いておいてなんだけど

言葉にならないことが
一番大切だったりする。

言葉になった時点で、
既に編集されている可能性が高い。

言葉にできない部分に
真髄があったりする。

演劇なら、ファンタジーなら、
それを表現できるかもしれないと思う。

答えがはっきりしないのに
無理に出そうとすると
ごまかしにつながる。

答えは、ないこともあるのにね。

ないなら
ない、でいい。

仕事をしていると、
説明責任に追われる。

理論武装していないと
無責任とされてしまうから
なんとかかんとか、
型にはめて捻出するのが
癖になったりして。

そんな繰り返しで薄汚れたり

そんなん気付いて
すごく自分でがっかりする。

多分そうゆうときは
一旦まったく別のことをして
リフレッシュするのがいいと思う。
間接的にね。

らむね

祈り

充実して生きるためには
自分の人生から
目を逸らしている場合じゃない。

だから、他人を隅から隅まで
把握している場合でも

他人に分かってもらおうと
パワーを割いている場合でもない。

人にわかってもらう、というのは
一瞬嬉しいけれど
真の充実のうえでは
意外と無力だったりする。

自分って形がないからね。

定義したつもりになれると
さらには、それが身近な人から
承認されたと思うと(聞いてもらえると)
ちょっと安心したりする。

けれどそれって
ただの気休めだったりする。

以下の3つはそれぞれ別次元てこと、
忘れたくない。

A仕事で必要なこと。

B人間関係の維持に必要なこと。

C真の充実に必要なこと。

A仕事では、他人の管理も必要だったりする。
B人の好みを把握することで、関係が円滑になったりもする。

でも一方で、
C他人を全く介在させない次元で
自分をしっかりと見つめる必要がある。

これはかなり意識しないと忘れがち。
だけどスキップすると、
全体が空回っていく。

人から承認されているかなんて
気にならない位に
自分でしっかり納得できるように
地に足をつけて時を過ごしていきたい。

そうやって生きていれば
いざ人に会えた時に
しっかり向き合えて
いい時間が持てる。

これからも
いろんな深い対話ができますように。

忘れないよ、忘れてるけど。2

ちゃんと関わった人のことは
もちろん覚えてるんだけど、

会わない間は
自分のこと忘れてもらっても
構わないと思っていて。

変かな。

そんなん、知ったら
悲しく感じる人がいるかな。

なら黙ってるけど。

連絡したり、会ったりしたら
思い出してくれたらいいやって。

忘れるってことは
私のことを忘れる位に
色んなことがあったんだなあって思う。
大変だったのかもしれないなあって。

多分、私の存在感の問題ではないなと。

その人の人生がどんなに大変だろうと
退屈だろうと、私には
それを背負うことはできない。

生まれた星回りとかによっても
大変な星、
割とラクな星、
色々あるんだろうし。

人って、他人のこと、
全てを把握することはできない。
私の見ていないところ、
知らないところで
楽しいことも苦しいことも
たくさんあるだろうと思うの。
それが当たり前。

例えずっと隣にいたって
分からないこと、
たくさんある。

忘れないでね、って
言われることあるけど
もちろん私は忘れない。
忘れたくても忘れられない。

でも私は忘れられても
全然いいと思ってる。

そんなことを私が管理することは
もはやできないでしょと思っていて。

ズルイかな。

にじ

忘れないよ、忘れてるけど。

会わない間は、
ほとんど忘れられてもいい。
たまにふと思い出してもらえればラッキー。

私が好きな人達は
私のことを常時気にかけてくれるよりも
生き生きしててくれてたら
それでいいや。

それで会ったときに
しっかり向き合ってくれたら
もう幸せ。

自分の内側を育てるには

自分だけの時空で
モノを考える習慣が必要な気がする。

まず焦燥感は一旦封印して。

時間の概念を度外視しないと
自分の本当の望みって見えづらい。

20代、
資本主義からのマーケティングに
あおりにあおられた反省がある。

その頃はまだまだ不況で
社会に出たら早く成長しなくっちゃと
めちゃくちゃ焦っていた。

一生懸命ではあったけど、
それが返って良くなかったなあ。

仕事のスキルは、
色々身についたかもしれないけど
ナカミはむしろ薄まったような、、

想いが充満しないまま、
事だけ先に運ぼうとするから
本質がスカスカになったのかも。

スキルなんて、少々実りが遅くても
続けてさえいれば、素質に応じて
勝手に身についてくるものかもしれないなあ
と思ったりして。

仕事をうまく運ぶために
日本らしく周りに合わせることや
上司の意向に沿う努力、
私なりに結構やった。

でもそれらと引き換えに
自分の頭で考えること、
肌で感じることが
疎かになっていった。

頭で考えてたら
人に迎合なんかしたくないし
意向になんか沿えないから
あえてやめてたところもあったけど

怖いことに
クセになっちゃうのよね、
思考停止って。

どんなに状況が変わるとしても
自分にとって支えになるのは
内面でしかないのに。

だから30代は、
自分の頭でちゃんと考えて
心で決めたい。

誰が何を言おうと。

物心ついた頃から社会に出るまで
ずっとそうしてきたように

なぜなぜなぜって
自己問答をちゃんとしたい。

本当に望んでることなのか、
そうだとすれば
それはなんでなのか、
別のことではだめなのか、
それは今やる必要があるのか、
とかとか。

納得しながら、

腹落ちしながら、

歩を進めたい。

たとえ他人の目には
マイペース過ぎるように映ったとしても
全然いいの。

そうしないと私は
自分の人生を愛することができないって
わかったから。

私は、私の世界を生きるんだ。

すっかり資本主義に洗脳されすぎて
ここに至るまで
すごく時間がかかっちゃった。

仕事を辞めたから
結論に至れた。

私は勤め続けてたら
きっと今もまだ
資本主義に巻き込まれて
彷徨ってた。

仕事を辞めて
静かな時間が持てたこと。
いや、持たせてもらったこと。
すごく感謝してる。

やっと芯から感謝できて
ホッとしてる。

ここ何年も
迷惑をかけた、
たくさんの大好きな人達がいる。

合格したら
恩返しする。
もうちょっと待っててね。