月別アーカイブ: 2017年9月

公文って

まず誰の力も借りずに
1人で解いて理解していくから

勉強してるポーズを取って
ごまかすとかは
できないものだと思う。

なんとなく机に向かって
特に理解もせずに
時間を過ごしても
解けないから全然進まなくて

それが先生にも親にも
明瞭に伝わるし
「それでは勉強って言わないよ」って
注意がしやすい。

子供の勉強としては
やっぱりいいんだろうな。

学校の宿題って
間違ってても構わないやつだから、

なんとなく机に向かって
解いた気分で作業として
終わってる子もいて、

学校の先生がバツしたところで
放置して見直さなければ

自分がしっかり理解したのか
そうでないのか

自分でその違いがわからないままの子も
いるんだろうと思う。

それでは
何時間座ってても意味ないし
時間がもったいないよね。

退屈の効果

​一人っ子って、割とそうなのかもしれないけど

退屈を何かで
埋めなかった結果、

たっぷりの内省する時間が
取れたことで
心が伸び伸びしたのかなと
思っている。

ワラワラと兄弟がたくさんいたら、
親の手伝いやら
下の子の相手やらで忙しくて

自分でオールを漕ぐことなく
勝手に時間が過ぎて

今の私ではない私になったろうと思う。

それはそれで、どこかまた
よかったと思えることはありそうだけど。

内省する時間が増えると
当然、頭が整理される。

誰に教えられた訳でもなく
黙想状態になり

なにもない、を味わうように
なったりする。

これが、すっごく大事な気がしてて。

幼少期、
自分は本当はどうしたいのか、について
よく考えてた。

大人になってから
それが自分を本当に大切にすることの
基礎にあたるんだと気付いた。

退屈だと
ちょっとしたことも気になるし

良くも悪くも
何か、誰かにかき消されることも少なくて

モヤモヤが頭を巡ったときには
自分で向き合うことを
自然とやるようになって
心の筋肉が育ちやすい気がする。