昔は会社のおじさま達に
可愛がっていただいて
自分も気を配って
楽しんでいたけれども
近年は
もうそういう歳でもないし
マスコット役は引退して
ちんまりしてようと
思ってた。
のだけど
なんか意外とそうもいかない感じで
びっくりしている。
私は人に声をかけて
話を聞くのが天命なのかなあ。
やっと地味な存在になれて
ぼーっとできるかなと思ったのに。
昔は会社のおじさま達に
可愛がっていただいて
自分も気を配って
楽しんでいたけれども
近年は
もうそういう歳でもないし
マスコット役は引退して
ちんまりしてようと
思ってた。
のだけど
なんか意外とそうもいかない感じで
びっくりしている。
私は人に声をかけて
話を聞くのが天命なのかなあ。
やっと地味な存在になれて
ぼーっとできるかなと思ったのに。
良い会社って
自分達で良い会社にいることに
割と無自覚な気がする。
今回働かせてもらう会社は
私が見える限りの範囲の方々が
皆さん伸び伸びされていて
居心地が良さそうである。
けれども、自分達で
私達は良い会社などとは
決して言わない。
会社なんぞ、色んな面があって
良いところも困ったところも
両面あるのが普通であり
何か部分的に評価するのはいただけないから
リアリティがあっていい。
昔「自称、良い会社」の
本当は良くない会社に
誤って入ってしまったことがある。
彼らは新卒からの
客観性が持てないヒヨコ達に
「自分達は良い人ばかりの良い会社なのだ」
と洗脳していた。
人事責任者は口先ばかりが巧く
現実が全くついてきてなかったし
言い訳も多かった。
新卒の生え抜き達もそれには気付いていたものの
会社自体は良い会社であると洗脳されていた。
(他を蹴って選んだ自らの選択を
肯定したかったのかもしれないが。)
人事責任者が不誠実なのに
良い会社のはずがない。
事実、中途入社組にとっては
呆れ返ることの連続だった。
あまりに不可解なことが日々多かったので
中途組で飲み会をすると毎回、大いに盛り上がり
結束が固くなっていった。
が、とある日
それに気付いた会社から
中途組の飲み会を禁止されたのだ。
思想統制とはこのこと。
まさに虫唾が走る経験だった。
そんなこともあり
企業の品格には
敏感になってしまったのだが
今回はとても居心地が良さそうで
ホッとしている。
長居はできない立場なので
このユートピア感を
しっかり味わいたい。
なぜか
話がわんさか口から出てくる相手と
なぜか
言葉が全然出てこない相手がいる。
わんさか出てくる相手には
特別話そうとしてなくても
脳を通らずに口から話が出てくる感じ。
言葉が出てこない相手には
困ったなーとかでもなく
とにかく無音。
わんさか話せる相手から見ると
私はめちゃくちゃよくしゃべる人。
言葉が出ない相手から見ると
大人しくて静かな人。
両極端な印象がはじき出されるけど
私の中では一貫してて
何も取り繕ってないだけ。
つまり、私にとっておしゃべりとは
相手から引き出されるものであり
私から提供するものではない。
あと似た話で
頭の回転も相手や周囲の人から
影響を受ける。
だから
すごく賢そうに見られることも
すごくバカそうに見られることも
両方ある。
人って自分だけで
自分が構成されてるわけじゃないから
だからこそ環境をしっかり選ぶのが
大事なのよね。