最近の仮説

​誰かの生き方を最適解として崇めて
それに近づこうとしてる限り

自分らしく生きられる可能性から
遠ざかっている。

誰かの生き方が素敵に見えるのなら

それはその人が
自分の内なる声に
まっさらな気持ちで向き合い
耳をしっかり傾けて
調整してきた結果であって

オーダーメイドの生き方を
自ら作り上げてきたってこと。

それを単純にマネても
似合わない服を着てみただけに過ぎず

人から見てもイマイチだし
自分でも多分居心地良くないのではないかな。