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書いておいてなんだけど

言葉にならないことが
一番大切だったりする。

言葉になった時点で、
既に編集されている可能性が高い。

言葉にできない部分に
真髄があったりする。

演劇なら、ファンタジーなら、
それを表現できるかもしれないと思う。

答えがはっきりしないのに
無理に出そうとすると
ごまかしにつながる。

答えは、ないこともあるのにね。

ないなら
ない、でいい。

仕事をしていると、
説明責任に追われる。

理論武装していないと
無責任とされてしまうから
なんとかかんとか、
型にはめて捻出するのが
癖になったりして。

そんな繰り返しで薄汚れたり

そんなん気付いて
すごく自分でがっかりする。

多分そうゆうときは
一旦まったく別のことをして
リフレッシュするのがいいと思う。
間接的にね。

らむね

祈り

充実して生きるためには
自分の人生から
目を逸らしている場合じゃない。

だから、他人を隅から隅まで
把握している場合でも

他人に分かってもらおうと
パワーを割いている場合でもない。

人にわかってもらう、というのは
一瞬嬉しいけれど
真の充実のうえでは
意外と無力だったりする。

自分って形がないからね。

定義したつもりになれると
さらには、それが身近な人から
承認されたと思うと(聞いてもらえると)
ちょっと安心したりする。

けれどそれって
ただの気休めだったりする。

以下の3つはそれぞれ別次元てこと、
忘れたくない。

A仕事で必要なこと。

B人間関係の維持に必要なこと。

C真の充実に必要なこと。

A仕事では、他人の管理も必要だったりする。
B人の好みを把握することで、関係が円滑になったりもする。

でも一方で、
C他人を全く介在させない次元で
自分をしっかりと見つめる必要がある。

これはかなり意識しないと忘れがち。
だけどスキップすると、
全体が空回っていく。

人から承認されているかなんて
気にならない位に
自分でしっかり納得できるように
地に足をつけて時を過ごしていきたい。

そうやって生きていれば
いざ人に会えた時に
しっかり向き合えて
いい時間が持てる。

これからも
いろんな深い対話ができますように。

忘れないよ、忘れてるけど。2

ちゃんと関わった人のことは
もちろん覚えてるんだけど、

会わない間は
自分のこと忘れてもらっても
構わないと思っていて。

変かな。

そんなん、知ったら
悲しく感じる人がいるかな。

なら黙ってるけど。

連絡したり、会ったりしたら
思い出してくれたらいいやって。

忘れるってことは
私のことを忘れる位に
色んなことがあったんだなあって思う。
大変だったのかもしれないなあって。

多分、私の存在感の問題ではないなと。

その人の人生がどんなに大変だろうと
退屈だろうと、私には
それを背負うことはできない。

生まれた星回りとかによっても
大変な星、
割とラクな星、
色々あるんだろうし。

人って、他人のこと、
全てを把握することはできない。
私の見ていないところ、
知らないところで
楽しいことも苦しいことも
たくさんあるだろうと思うの。
それが当たり前。

例えずっと隣にいたって
分からないこと、
たくさんある。

忘れないでね、って
言われることあるけど
もちろん私は忘れない。
忘れたくても忘れられない。

でも私は忘れられても
全然いいと思ってる。

そんなことを私が管理することは
もはやできないでしょと思っていて。

ズルイかな。

にじ

忘れないよ、忘れてるけど。

会わない間は、
ほとんど忘れられてもいい。
たまにふと思い出してもらえればラッキー。

私が好きな人達は
私のことを常時気にかけてくれるよりも
生き生きしててくれてたら
それでいいや。

それで会ったときに
しっかり向き合ってくれたら
もう幸せ。

自分の内側を育てるには

自分だけの時空で
モノを考える習慣が必要な気がする。

まず焦燥感は一旦封印して。

時間の概念を度外視しないと
自分の本当の望みって見えづらい。

20代、
資本主義からのマーケティングに
あおりにあおられた反省がある。

その頃はまだまだ不況で
社会に出たら早く成長しなくっちゃと
めちゃくちゃ焦っていた。

一生懸命ではあったけど、
それが返って良くなかったなあ。

仕事のスキルは、
色々身についたかもしれないけど
ナカミはむしろ薄まったような、、

想いが充満しないまま、
事だけ先に運ぼうとするから
本質がスカスカになったのかも。

スキルなんて、少々実りが遅くても
続けてさえいれば、素質に応じて
勝手に身についてくるものかもしれないなあ
と思ったりして。

仕事をうまく運ぶために
日本らしく周りに合わせることや
上司の意向に沿う努力、
私なりに結構やった。

でもそれらと引き換えに
自分の頭で考えること、
肌で感じることが
疎かになっていった。

頭で考えてたら
人に迎合なんかしたくないし
意向になんか沿えないから
あえてやめてたところもあったけど

怖いことに
クセになっちゃうのよね、
思考停止って。

どんなに状況が変わるとしても
自分にとって支えになるのは
内面でしかないのに。

だから30代は、
自分の頭でちゃんと考えて
心で決めたい。

誰が何を言おうと。

物心ついた頃から社会に出るまで
ずっとそうしてきたように

なぜなぜなぜって
自己問答をちゃんとしたい。

本当に望んでることなのか、
そうだとすれば
それはなんでなのか、
別のことではだめなのか、
それは今やる必要があるのか、
とかとか。

納得しながら、

腹落ちしながら、

歩を進めたい。

たとえ他人の目には
マイペース過ぎるように映ったとしても
全然いいの。

そうしないと私は
自分の人生を愛することができないって
わかったから。

私は、私の世界を生きるんだ。

すっかり資本主義に洗脳されすぎて
ここに至るまで
すごく時間がかかっちゃった。

仕事を辞めたから
結論に至れた。

私は勤め続けてたら
きっと今もまだ
資本主義に巻き込まれて
彷徨ってた。

仕事を辞めて
静かな時間が持てたこと。
いや、持たせてもらったこと。
すごく感謝してる。

やっと芯から感謝できて
ホッとしてる。

ここ何年も
迷惑をかけた、
たくさんの大好きな人達がいる。

合格したら
恩返しする。
もうちょっと待っててね。

あいう

輪郭

極端に言えば
他の誰もが理解しないかもしれない、
共感を呼ばないかもしれない、
自分だけが感じること。
絶対的な考えを温めること。

そうすることでしか
自分のナカミを充たすことは
できないんだなあ。

育ち

なぜか幼い頃から
人間力に興味があった。
人としてどうあるべきか、みたいなところ。

良さそうな手本がいたわけでもなく、
むしろ反面教師はいたような。
それを整えれば、
寂しくならないだろう、みたいな、
ひとりっ子特有の憧れだったのかな。

耳を澄ますことが好きだった私は
他人の、きっとこうして欲しいだろうことを叶えるのが得意だった。

だから、簡単にわかってもらえそうだと思う
自分の望みが叶えられない度に
とても不思議に思った。

大人になってわかったのは
人って他人のことはよくわからないし
そもそも慮る癖がない人も
たくさんいるってことだった。

私は暴力や恫喝で
父の要求を飲まざるを得ない状況に
追い込まれることがよくあり、
たくさんの不本意な出来事で
消化不良になっていた。

母を頼ろうとしたが
はぐらかされ続けた。
現実と向き合いたくなかったのだろう。
余計に傷付いた。

見えるものを見ないのが難しいのと同様に
わかることを認識しないというのは難しい。

究極的に敏感になれ、
という父の要求と
究極的に鈍感になれ、
という母のまやかしの間で
私は誰にも頼ることができないのだと
悟った。

家族というのはときに
とんでもない治外法権を生むものなのだと
思う。

信頼関係は欲しいけど
家族アレルギーである。
人は欲しくないけど
信頼関係だけ欲しがってるのかな。

大人になってから
色々調べててわかったのは
どうやらこの組み合わせのせいらしい。
父は自己愛性人格障害気味で
母はADHD気味。

平穏を乱す人と、
フォローせず逃げる人の
組み合わせで
子供はとっても苦労するらしい。

障害かあ〜。。