なぜか幼い頃から
人間力に興味があった。
人としてどうあるべきか、みたいなところ。
良さそうな手本がいたわけでもなく、
むしろ反面教師はいたような。
それを整えれば、
寂しくならないだろう、みたいな、
ひとりっ子特有の憧れだったのかな。
耳を澄ますことが好きだった私は
他人の、きっとこうして欲しいだろうことを叶えるのが得意だった。
だから、簡単にわかってもらえそうだと思う
自分の望みが叶えられない度に
とても不思議に思った。
大人になってわかったのは
人って他人のことはよくわからないし
そもそも慮る癖がない人も
たくさんいるってことだった。
私は暴力や恫喝で
父の要求を飲まざるを得ない状況に
追い込まれることがよくあり、
たくさんの不本意な出来事で
消化不良になっていた。
母を頼ろうとしたが
はぐらかされ続けた。
現実と向き合いたくなかったのだろう。
余計に傷付いた。
見えるものを見ないのが難しいのと同様に
わかることを認識しないというのは難しい。
究極的に敏感になれ、
という父の要求と
究極的に鈍感になれ、
という母のまやかしの間で
私は誰にも頼ることができないのだと
悟った。
家族というのはときに
とんでもない治外法権を生むものなのだと
思う。
信頼関係は欲しいけど
家族アレルギーである。
人は欲しくないけど
信頼関係だけ欲しがってるのかな。
大人になってから
色々調べててわかったのは
どうやらこの組み合わせのせいらしい。
父は自己愛性人格障害気味で
母はADHD気味。
平穏を乱す人と、
フォローせず逃げる人の
組み合わせで
子供はとっても苦労するらしい。
障害かあ〜。。