東京の子

​って、京都に住んでる従弟のお兄ちゃんが
昔、私のことを言った。

何のことか、さっぱり見当がつかなかったけど
今なら、なんとなくわかる。

私は、東京らしいキラキラ感が好きだった。
今も嫌いではないけれども
たまに、でいいなと思う。

雑誌を月に何冊も買って
おしゃれを追求していたけれども

今は、自分らしく
居心地良くいられるのが一番いい。

私が自分の資本主義漬けに
気付くことができたのは
大阪転勤があったから。

移住しなければ
全くピンと来なかったし

都内近郊にしか住んだことのない人には
なかなか伝わらない感覚。

社会が資本主義に熱狂しているのは、
都内近郊だけかもしれない。

日本は地方都市にも
莫大な数の人がいて
都心は極々僅かな一部だということ。

まずこれがピンと来ていなかった。

都内の一部の人達が良いと思っても
地方では共感を得られないことは
思った以上に沢山あるんだなと

地方の人なら当たり前のことに
ピンと来ていなかったことは

じわじわくる衝撃だった。

言い換えれば
コンフォートゾーンを出ずに
一生を終えたい人達と
コンフォートゾーンを出て
次から次へと高揚感を得たい人達。

コンフォートゾーンには
良くも悪くも
伝統の継承であったり、
年功序列や男尊女卑の感覚を含む。

経済社会では、
コンフォートゾーンを出てもらった方が
モノが売れるので都合がいい。

社会の活性化のためには
高揚感に煽られてもらった方が
都合がいいのだ。

そして、より高揚感に煽られてくれそうな
若い世代にスポットが当たる。

ずっと東京近郊にいる私には、
これが当たり前の風景だった。

けれども、地方の田舎では
パワーバランスが変わる。

コンフォートゾーンを出ましょうと
声高に叫んだところで
反応は寂しいものになる地域もあるはず。

マーケティングの目的も
当然変わる。

実際、地方都市では関東よりも
お年寄りが元気である。

最近も、地方都市に遊びに行ったとき
街で80歳過ぎと思しき老人に
まったく言われのないことで
突然強い調子でなじられたことがあった。

関東ではなかなかないことだと思った。

もちろん良い面もあって

よく関西に行くのだが
お年寄りが電車でかなりの音量で話していたりと
驚くほど元気だ。

ただ仕事上では
非合理的だと色々困るから

理屈で考えれば
東京と同じようにするのが
良いはずなのでは?

だけど、なかなかそうならないのは
予算の問題かな、と昔は思っていた。

けれど
ことはそんなに簡単でないようだ。

地域活性化にすぐにでも関わりたいと
興味を持っていたが

コンフォートゾーンを出たくない人達と
新しい試みをすると考えると

自分が思ったていたよりも
はるかにハードルが高い。

今のままでは圧倒的に勉強不足だと
考えるようになった。

しかも
年功序列や男尊女卑の感覚の中だと

童顔で気さくな私は
資格でも取らない限り
舐められるというか、
ただのオネーちゃん扱いされるだけで
なんの影響力も持てないとも感じた。

そんな悔しさも手伝って
今がある。