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私の処方箋

元々、あまり薬を飲むのが好きではない。

だけど
数年前からPMSが気になるようになって
ホメオパシーやフラワーエッセンスを
試すようになった。

私の場合は、割と効き目があって
重宝している。

メカニズムに納得しているわけでは
全然ないのだけれど
不思議なことを体感しているようで
興味深い。

たくさんの種類から選ばないといけないので
それらを使うには自分の本質や状態を
勇気を持って分析する必要がある。

曇りやバイアスがない目で
問題解決の仮説を立てられるかどうか。
仮説さえ立てられれば、前に進める。

本当は何を感じているのか、
日常に埋もれた気持ちを
丁寧に洗い直す。

自分を見つめること。

それ自体が
治癒に近付く一歩になる、
というコンセプトならば
納得できるのだけど

話はそれだけではないようなので
時間ができたら
しっかり勉強してみたい。

知りたいことが増えるのが
嬉しい。

星回り

仕事をするようになって
恐かったこと。

私が売ると
モノやサービスが
よく売れるらしいってこと。

いいことのようだけれど
扱う商品に自信が持てないと恐い。

なぜかそんなに勧めていないのに
「よくわからないけれど、
あなたから買ってみようと思う」
と言われ

自分が大切に温めてきた
自分の人柄を

資本主義に
浪費か濫用されてるように感じて
すごく気持ちが荒んだ。

特に、投資商品を売っていたときは
個人的にあまりお勧めできない日もあって

でも断定できないことは
言ってはいけないルール。

個人的な価値観で
勧めるのを止めたいと思う日もある。

けれどノルマもある。
買いたい人がいるのに
売らない訳にはいかない。

それほどリスクが高いものでは
なかったのだけれど
当時は若かったこともあったのか、
いちいち悲しかった。

今までも、お客さんに可愛がってもらったりと
私にとって助かっていることは
あるのだろうけれど

今後必ず、社会のために
この星回りをきちんと役立てたい。

雨の中、

ママバッグをぶらさげた、
重そうなベビーカー。

傘を閉じて
赤ちゃんごと持ち上げて
階段を降りるママ。

私はちょうど道に迷って
スマホとにらめっこ中で

気付いたときには
既に持ち上げて、下り始めてて
びっくり。

途中で声かけるのも
危ないかなと思って
こっそり後ろから自分の傘をさした。
意味があったか、わからないけど。

本当は手伝いたかったなあ。

気付くの遅い私が悪いけど
でも、もし声かけてくれてたら
喜んで手伝ったのにな。

なんてことなくても
力になれたら嬉しいよね。

私がもしママになったら
周りにたくさんお願いしようって
思った。

助けを求めるのは
お互いのためだなって。

でも
私もよく考えたら
お願いできないタイプ。

似た話で
特に相談がヘタクソ。

後で人のせいに
したくないってのもあるけど
一人で決断した結果を
ポンと持っていって
人を傷つける。

相談って
お互いに気持ち良く
決められるのにね。

客観的にはわかるのに、ねぇ。

特別に何があったわけでもないけれど
色んな意味で、でこぼこしてて
決して平坦ではない道だった気がする。

ふと振り返ったときに

何度も真剣にしてきた
自分の決断の数々が
これ以上ないくらいに不器用で
自分らしいものだったのかと
気付かされて

これまでの葛藤や苦悩が
我ながら、なんとも愛おしく
感じられるようになった。

私が生きているんだから
私らしい道になるのは
考えてみたら、当たり前。

でもそれに気付かずに
悲しんだり、不貞腐れたり、
しちゃってたな。恥

私がもう少し素直に考えれば
道ももう少し素直になるだろう。

そろそろ少し賢くなりたい。

愛おしさの範囲

人は皆、
考え方に歪みが多かれ少なかれある。
それぞれ違う経験をしてるからね。
仕方ないよね。

物事には大抵、原因がきちんとあるし、
元々何の理由もなく歪んでいることは
少ない。
大抵なんらかの傷を負った原因がある。

頑張り屋であればあるほど
傷つくことが増えるから
歪みやすいもの。

頑張り屋なのに、
繊細なのに
歪みが見えない人は
歪みがないわけではない。

自分を律するために
相当な努力をしている。

華やかさや、
しっかりとした魅力の裏には
必ず地味で苦しい努力があると思う。

みんな大なり小なり歪んでるし
大変なのが当たり前。

だから、目指すべきは
歪みを認めないことや
開き直ってラクを追い求めること
ではない。

自分の歪みを見つめると
自信がなくなるけれど

他人の歪みに対する葛藤が見えると
可愛いなと思う。
この人の魅力の根源はそこなんだなって思う。

自分のも可愛いと思えたらなあ。

『ぼくの命は言葉とともにある』

福島智さんの本を読んだ。

どうしてなんだろう。
こんなにも深い理解力と洞察力。
ゆったりとした成熟感。

よく整頓された精神から
紡ぎ出される表現は
心のヒダまで嘘がなさそうで

まるで、丁寧に作られ
程よい味付けがなされた食べ物のように
すうーっと身体に沁み渡るかのよう。

障害を持つことで
人間的に成熟しやすい、
とも考えられるけれど

視覚のない方々はしばしば
他の障害と比べても
感受性が格段に鋭敏な印象を受ける。

著者の福島さんは、
さらに聴覚まで途中から失われて。

きっと、もう思索の量と質が
圧倒的なのだ。

苦悩は計り知れないし
テーマは極めて真面目だし
固くなりそうなのに
その文体はユーモアたっぷりで
人柄を身近に感じられるところが魅力。

それらの教養は
たくさんの読書からだという。

彼に影響を与えた、素敵な引用が
たくさん散りばめられていて
その一つ一つが興味深い。

読書が心を豊かにするってことを
わかりやすく証明する、
とっても良いサンプル。

根っこ

問題の本質は
楽しんでるか否か。

環境が問題でもなく、
状況が問題でもなく、
能力が問題でもなく、
体力が問題なのでもない。

楽しめさえすれば、
どうでも良くなってしまうことばかり。

楽しめていないならば
なぜ楽しめないのか、
よく考える必要がある。

よっぽどの事情があれば
別だけど

考え方や思い込み、
見栄などに翻弄されていないか。

自分で自らを
楽しくなくしてしまっている
要素がないか、
よく見つめたい。

自由

25歳位までだろうか、
私は自由になりたいのだと
子供の頃からずっと思っていた。
一人暮らしは夢だった。

英語が得意だと自由だろうと思えば
勉強もするし、

人前で話すのが得意だと自由だと思えば、
放送部に入るし、

仕事が得意だと自由だろうと思えば
仕事に真剣に取り組むし、

夢だった一人暮らしのため、
家も借りてみた。

そうして一つ一つ、自由になれそうなことを
潰して行ったけれど

なかなか自由になれたと
腹落ちすることはできなかった。

私は何から自由になりたいのか、
私の目指す自由とは一体なんなのか。

いつもダブルバインドの間にあるような
何らかの焦燥感と共に生きていた。

色々なことを表現するのは
得意なつもりだったのに

私が理解したい自由の内容は
なかなか掴むことができなかった。

自由と名のつく本を読み漁り、
それぞれの自由を
エッセイから哲学まで確かめていった。

けれど、私に直接役立つような
解釈を見つけることが
できず、途方に暮れた。

そしてしばらく、
自由というキーワードに拘ることを
諦めて数年した頃、

私は、自分の考え方、生き方自体が
不自由さを生み出しているのだと知った。

何かの能力や経済力ではなく、
発想や受け止め方、捉え方が問題なのだと
本を読んでいて気付いた。

すぐには治せないが
ずっと探していた、開かないドアの
鍵のありかを知ったような、
爽快感があった。

それでも私はこれからも
自由になれそうな能力や立場を
次々と集めてしまうかもしれない。

でもそれは、
それらが私を自由にしてくれると
思っているのではなくて

何かを目指したり、磨くこと自体が
楽しいから。

真に自由になるためには
内面についての改革が必要。
それはそれで、別次元で進めていく。

今ほしいもの

子供の頃から
定量的な考え方に抵抗があって

(良い点数取るからって
 頭が良いとは限らない、とか笑)

単純明解で影響力が大きいのに
その数字の質は
扱う人の倫理観に依存してしまう。

そして、都合の悪いエッセンスを
隠す手段としてしばしば使われる。

「そんなつもりはありませんでした、
って言えば大丈夫だよね、誰にも罪はないよ」
という顔をして。

だから、そういうのが嫌で

定性的な考え方を
重視していたんだけれど

思いの外わかってもらえないことに
苦労した気がする。

定性的なことって、
理解力とか背景が
自分以上の人からしか
共感を得られないからね。

そんなことに気付くのに
10年くらいかかった。

定性的なことを多くの人に
納得してもらうためのツールとして、
定量的な技術が必要なんだよねきっと。

そういう意味で
数字はバカにできない。

自戒

子供のときに考えていたことって
結構、本質をついていたなとよく思う。

論理的思考は弱くても
直観が鋭く働いたんだろうな。

今忘れがちな大事なことが色々詰まってる。

本当に忘れてしまう日が
来るかはわからないけど
覚えてるうちに備忘録。

*****
自分の呼吸の音を聞いて、
心に耳を澄ませば、
何が正しいことなのか、
何が本当なのかは一目瞭然。

大人はわからないみたいだけど、なんでだろう。

テストで一番取ったって、
頭が良いとは限らないよね。

もっとできる子が、
片目をつむって解いているかも
しれないじゃない。

何かができることを理由に
人の価値は決まらない。

よって、
何かができないことを理由に
人の価値は減らない。

だから、
私がなにかをできる必要は
特にはない。

頑張るのは、
やりたいから、好きだからで
あるべき。

楽しくなかったら意味ない。
自分が汚れる。

できるできないで
人を測るのは恥ずかしいこと。
卑しい。

何かができること自体には
特に価値がなく、
その力を何のために使おうとするかに
価値が表れるでしょ。

人の価値は、何で決まるのかな。
心の温度じゃないかな。

何かができることで、
自分がエラくなったと思うことが
間違いの始まり。

自分が何かを持っていると
思い始めたら、
不必要な競争にさらされて
ツラくなるよ、きっと。

そもそも競争する意味ある?
始まっちゃったら勝ちたいけど。笑

成績悪いからといって
私の価値は減らない。

とはいえ、劣等感も嫌だから、
成績は半分よりは上にいたい。

でも
必要以上に頑張る必要はないから、
程々で。
もし楽しかったら頑張ればいい。

結婚式は恥ずかしくない?
なんで見せなければいけないの?

なぜうちは穏やかでないときが
あるのだろう。
人が集まるってなに。

そもそも結婚は必要なの?

人が一人増えるだけで
雰囲気が変わる。
人がたった一人増えるだけで。
少ない方が安心かも。

できるだけぼーっとしたい。
妄想してたい。
本当は自分はどうしたいのか?を
ずっと考えてたい。

本当のことって何?
誰か教えてくれないかな?
いつか心が通う親友が欲しい。

親や大好きな人が、
自分のための時間を持ってくれるのが
一番嬉しい。

特別何もしてくれなくていいから。
ただ私のために一緒にいて、
時を過ごして欲しい。
片手間ではなくて。

好きなお兄さんお姉さんに甘えたい。
兄弟がいるみたいになりたい。

年下の面倒を見たい。
いつもお兄さんお姉さんが
私にしてくれるように。

手芸がしたい。時間を忘れて。
ご飯もあんまりいらないから。

折り紙は角をピシッとしたい。

水遊びがしたい。

大人が何でもすぐ忘れるのが
信じられない。
なんて冷たいんだろう。

(女の人が化粧をするのを見て)
そんなことしなくても、私は○○さんのこと大好きだよ。

大人みたいに私も役割が欲しい。
忙しくなりたい。