私は幼少期の
精神的な苦労のせいで
幼い頃から
友人のも大人のも
人の悩み事がライトに感じられて
「こんな風に思えば、楽じゃないかな」と
いつも解決法が浮かぶ面があった。
だから、なにか捉え方のせいで
辛くなっている人を見ると
もったいなく感じるから
力になろうとしてきた。
相手も楽になったら
私も嬉しいし
自分のしてきた苦労も少しは報われて
一石二鳥じゃない、と。
近くにいて、私の考え方から
何か影響を受けてくれたら
きっと今よりも
楽しくなるんじゃないかなと。
私と一緒にいれば
たしかに楽しそうな人がいて
私も嬉しかった。
けれども
それから時間がたって知ったのは
辛く考えたい人も
世の中にはいるということ。
それはその人個人の
自主的で積極的な
選択であるのだということ。
影響なんて全然なくて
実は何も力になれていなかった人も
中には、いるのだということだった。
そっか。私、傲慢だったなと。
とくに家族からの洗脳が強い人は
難しいみたい。
私は家族以外の人からも
良くも悪くも影響を受けるから
他人もそうだと思ってたのが
違っていたようだ。
私の祈りなんて
無力なんだなって思って
ショックではあったけれども
背負い過ぎていた荷物に
気づいて
荷を下ろすことができて
ある意味、ほっとしている。
誰がどうであれ、私は前に進む。
いつか本当に変わりたくなったら
声をかけてもらえたらな、とは
心の隅で思ってる。