月別アーカイブ: 2016年12月

稼ぎをどう使う?

金銭感覚を一度地に落とすと
本当に必要なものが見える。

バリバリ働いていた頃

スタバに日に2〜3回行っていた。
朝や昼、休憩中、夜に。

当時からそんなに必要ないのは
頭ではわかっていたけれど

雰囲気が好きだし
ストレスも溜まってたのだろう。
なぜか気付くと足が向いていた。


スタバに行くのは
月に1回あるかないか。

つまり一月あたり
1/75である。
※2.5回/日×30日/月=75回/月

金額に直すと
320/24,000円。

年に直すと
3840/288,000円。

差額284,160円で出来たこと
沢山あったかもね。

まあ、これは極端な計算だけども

こういう風に人の貯金額の差って
どんどん広がるんだろうなと思うと

ちょっと恐ろしい。

言葉足らず

後から自分の文章を読み返すと

何か誤解を受けそうな表現だなと
思うことがよくあって

ひゃーと思いながら
時々ちょこちょこ追記したり
直したりしてる。

書いた時は
主観が勝ってしまって
なかなか気付けないのだけれども。

大体は
何かをはしょり過ぎていて

いつもの私を知ってる人しか
汲めなそうなことがしばしば。

多分これは
書き言葉に限らず

話し言葉も
きっとそうなんだろうなと
想像がついた。

ブログは良い訓練になる。

伝える力、ちゃんと持っていたい。
伝わる力、磨いてこう。

知る尊さ

知識の価値がなくなると言われて
久しいけれども

未だ知識の価値がなくなったとは
思えないし

何よりも
知識を入れないと
アイデアも浮かばないし
深く考えることもできない。

それで結局
知識がある人のいいように
されてしまうと思う。

だからつまりは
知識の価値がなくなるなんて
ないのだと思う。

吸収力はまだ磨ける

大学受験までは
数回読んでピンと来ない問は
ご縁がなかったとして
飛ばしていた。

私は子供の頃に公文で
国語をずっと習っていて

理解力、読解力には
かなり自信があったから

これ以上は
いくら読んでも無駄だと
思い込んでた。

それが、
資格を取ることにしてから
問を飛ばしてばかりいられなくなり

ピンと来ない文章も
敗北感を抱えながら
期間も開けつつ
何度もなんども読んだ。

そしたら、意外にも
段々理解できてきたのだ。

文章がピンとこないというのは

使われている用語の定義が
腹に落ちるほどには
理解できていなかったのだと

今になってわかる。

一歩一歩

とにかく着実に生きること。

それをここしばらくずっと
意識して実践してきた。

自分を縛るものがない中で
後から後悔するような過ごし方は
したくないと思って。

知識を増やす日もあるし
内面を深める日もあるし
好きな色、似合う色を探究する日もあるし
自分や家族の髪をカットする日もあるし
自分の持ち物を裁縫道具で
使いやすいように改良する日もある。

何か一つでもいいから
心赴くままに

知ってることを増やしたり
できることを増やしたり
極めたりしていけば

会社によくわからないことで
年月振り回されるよりも

納得感の高い、
私だけのどこかに
辿り着けると思う。

真剣さと日常

は両立できるはず。

しゃかりきに何かに取り組むことだけが
私を幸せにしてくれるのではないかと
昔は思っていた。

気づくことが時に多すぎる自分だから
しゃかりきになることで
下らないことを遠ざけられたし

ゾーンに入ってるのが
気持ちよかったし

何よりも登っている実感が
自分をとても励ましてくれたから。

だけど、それだけじゃあ
人生として成り立たないのだと
今はわかる。

人である以上、
生活という日常が必要であり

洗濯もしなければならないし
服もたたまないといけない。

そんな大切なルーティーンを
楽しめないのだとしたら
なにか中毒に陥っている気がする。

何かに傾倒せずにいられない要因が
自分の中にあるはず。

私は、あまり家事が好きなタイプでは
ないかもしれないけれども

でも、気持ちが豊かでいられたら
そんなルーティーンも楽しめるはずだと。

つまり、家事がつまらないのだとしたら
それは私の心象風景が
イマイチなのであって

家事自体の単調さのせいでは
ないということ。